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999年に国家資格「製麺技能士」を取得し、製麺一筋25年。現在も某製麺所で日々ラーメンの麺を打ち続けている現役の麺職人です。休日の趣味は食べ歩きで、これまで巡ったラーメン店は100店舗以上!当ブログでは、ただの食レポではなく「麺とスープの相性(一体感)」というプロならではの視点で、本当に美味しい一杯をガチ解説します。たまに大好きなハンバーグやスィーツも登場するかも?インスタや食べログでもグルメ情報を発信中です!
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【初めての方へ】現役製麺職人が語る「札幌ラーメン100年史」と当ブログの想い

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数あるサイトの中から『食べの極意』へお越しいただき、誠にありがとうございます。

私は1999年に国家資格である「製麺技能士」を取得し、以来25年以上にわたり、日々ラーメンの麺と向き合い続けている現役の製麺職人です。

当ブログでは、職人ならではの視点で北海道ラーメンのガチレビューをお届けしていますが、その前にぜひ皆様にお伝えしたいことがあります。それは、私たちが愛する『札幌ラーメン』が歩んできた、熱き100年の歴史です。

湯気とともに立ち昇る芳醇な味噌の香りとラードの甘み。黄色く輝く熟成ちぢれ麺に、濃厚なスープが絡む瞬間、私たちは至福の時を迎えます。今や日本全国、いや世界中で愛される「札幌ラーメン」。しかし、その一杯が現在のような形になるまでには、職人たちの並々ならぬ情熱と、途方もない試行錯誤の歴史がどんぶりの底に刻まれているのです。

本日は、札幌ラーメンがいかにして生まれ、進化を遂げてきたのか。西山製麺の歴史資料をもとに、約100年に及ぶ職人たちの熱きドラマを紐解いていきましょう。

■第一章:すべての始まりは大正時代。中国料理店「竹家」の誕生

札幌ラーメンの歴史は、戦後の闇市や屋台から始まったと思われがちですが、実は大正時代にまで遡ります。

1923年(大正12年)、札幌の北9条西4丁目にオープンした中国料理店「竹家(たけや)」。ここで腕を振るっていた中国人調理人が作り出した一杯の麺料理こそが、札幌におけるラーメンの原点と言われています。当時はまだ「ラーメン」という呼称すら定着しておらず、支那そばなどと呼ばれていました。

その後、職人が精魂込めて打った麺が、人々の日常へと徐々に溶け込んでいきましたが、その歩みは戦争によって突如として断たれてしまいます。1941年(昭和16年)、配給制が敷かれると、ラーメンは札幌の街から完全にその姿を消すこととなりました。職人たちは厨房を離れざるを得ない、悲しい時代の幕開けでした。

■第二章:焼け野原に灯る屋台の火。「西山製麺」の誕生

ラーメンの香りが札幌の街に戻ってきたのは、終戦直後のことでした。焼け野原のなかで、人々は温かく栄養のある一杯を求めていたのです。

1946年〜47年(昭和21〜22年)にかけて、創成川畔や狸小路に屋台ラーメン店が次々と開店します。中でも、のちの札幌ラーメンの運命を決定づける重要な拠点が狸小路2丁目の「だるま軒」でした。

当時のラーメンは醤油味が基本で、ストレート麺に近いものでした。しかし1953年(昭和28年)、「だるま軒」で麺打ちを任されていた西山孝之が製麺部門を独立させます。これが、現在も札幌ラーメンを根底から支え続ける「西山製麺」の始まりです。

「もっとスープに絡む麺を」「もっとコシの強い麺を」という店主たちの要望に、製麺職人が応える。この切磋琢磨が、あの独特の「多加水熟成ちぢれ麺」を生み出していきました。

■第三章:革命の一杯。「味噌ラーメン」の誕生と全国ブーム

札幌ラーメンといえば「味噌ラーメン」。この黄金の組み合わせが生まれたのは1954年(昭和29年)のことです。

「味の三平」の初代店主・大宮守人が、「味噌は日本人の宝だ」という信念のもと、試行錯誤の末に「味噌味めん」をメニューに載せました。日本の伝統調味料である味噌をスープに溶かし込むという斬新な発想は、職人の執念の結晶でした。

この味噌ラーメンは1960年代にかけて大評判となり、1964年(昭和39年)には東京・大阪の百貨店での実演販売が大反響を呼びます。さらに1968年(昭和43年)、インスタントラーメン「サッポロ一番 みそラーメン」が発売されたことで、札幌という一地方の食文化が日本全国を席巻する一大ブームを巻き起こしたのです。

■第四章:横丁の熱気と成熟。多様化する「戦国時代」へ

全国的な知名度を得た札幌ラーメンは、地元でも独自の成熟を遂げていきます。

1971年(昭和46年)には現在のすすきのに「ラーメン横丁」が誕生し、昭和50年代後半にはお土産用のパッケージラーメンも数多く登場しました。

そして平成に入ると、札幌ラーメンは「戦国時代」と呼ばれる多様化の時代を迎えます。狸小路をはじめ、各所に新たなカリスマ店が次々とオープン。新しい世代の職人たちが伝統の味噌・醤油・塩という枠に囚われない、独自の味を追求し始めました。豚骨白湯、純すみ系、魚介豚骨など、その進化は今なお止まることがありません。

■結び:歴史を味わい、明日を創る職人たちへの賛歌

札幌ラーメンの100年に及ぶ歴史は、一杯のどんぶりに己のすべてを懸けた職人たちの「挑戦の歴史」に他なりません。製麺所の職人が麺のコシやウェーブにミリ単位でこだわり、スープを仕込む職人が旨味の黄金比を夜を徹して追求する。私たちが何気なくすするその一杯のラーメンには、名もなき先人たちが繋いできた魂のバトンが込められています。

読者の皆様も、当ブログでお店選びをして実際にラーメンを口にする時は、ぜひこの長きにわたる歴史に思いを馳せてみてください。その琥珀色のスープは、きっといつもより深く、心に染み渡る極上の味わいをもたらしてくれることでしょう。

これからも『食べの極意』では、職人たちの情熱が詰まった至高の一杯を、忖度なしのガチレビューでお届けしてまいります。